ここが限界な時に

「育てにくいのは私のせい?」と思っていた私が変われた理由|私も息子も自信がついた

息子は、いわゆる“手がかかる子”でした。
年子育児で、毎日が時間との戦い。何を言っても聞かない、すぐに走り回る、泣きわめく──。
他の家庭が穏やかに過ごす夕方の時間、私はいつも怒鳴ってばかりでした。
「私の育て方が悪いんだ」「ちゃんとした母親なら、もっと落ち着いた子に育てられたはず」
そんなふうに、自分を責め続けていた時期がありました。

この記事では、私が“育てにくい子”と向き合うなかで、少しずつ変わることができた理由と、
その過程で役立った考え方や行動をまとめてお伝えします。
同じように苦しんでいる誰かが、ほんの少しでも「自分を許せる」ようになることを願って。

第1章:育てにくさを“私のせい”と決めつけていた頃

息子は活発で、感情の起伏が激しく、初めての場所では落ち着きがありませんでした。
人前で突然叫ぶこともあれば、床に寝転んで動かなくなることもあり、周囲の視線がいつも怖かった。

私はそのたびに「また失敗した」と思いました。
静かに話しても聞こえていない。叱っても効果がない。
──それが続くうちに、**「この子は私がダメな母親だから、うまく育てられないんだ」**と、心のどこかで信じるようになってしまったのです。


🧠【MEMO】“育てにくさ”を感じる主な行動パターン

文部科学省や発達心理の専門家によると、「育てにくい」とされる子どもの行動には、以下のような特徴が多く見られます:

  • 刺激に敏感(音・光・人混みに弱い)
  • 集団行動が苦手(指示が通らない/流れに乗れない)
  • 感情の爆発が突然起きる(かんしゃく)
  • 多動的・衝動的(予測不能な行動)

🔗参考:文科省「発達障害に関する指導資料」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1324674.htm

息子にもこれらの特徴がいくつか当てはまっていましたが、当時の私は「発達特性」という知識すら持っていませんでした。
ただひたすらに、「私の育て方のせいだ」と思い込んでいたのです。

検診でもチェエクはなし。ただ言われるのは「ヤンチャな子」としか言われず。ただただ、疲労していく毎日でした。

次章では、この思い込みのなかで、私が“逃げるように”起こした小さな行動──それがどのように変化のきっかけとなったかをお話しします。

第2章:逃げるように始めた行動が、“自信を取り戻すきっかけ”になった

「このままだと壊れる」──そんな気持ちになったのは、ある夏の夕方でした。
息子が癇癪を起こし、娘が泣き、私は何もできずに床に座り込んでいました。
冷房の効いた部屋で、汗びっしょりの子どもたちと、ただ泣きたい気持ちだけが残っていたのを、今でもよく覚えています。

そのとき私は、ふと思ったのです。
「少しだけでも、この子と離れられたら楽になるかもしれない」


◆ 習い事を始めた理由は、“子どもの成長”ではなかった

「この子に何かを学ばせたい」「将来につなげたい」──そんな前向きな理由ではありませんでした。
正直なところ、「数十分でも手が離れてくれたら助かる」という、逃げるような気持ちだったのです。

私は息子を、地域のスポーツクラブに通わせてみました。
時間はたった週1回、30分。
けれどその30分は、私にとって久しぶりの「静けさ」でした。
心の中のギリギリの糸が、ほんの少しだけ緩むような感覚でした。


🧩 補足:母親が限界に達したときに選べる「逃げ場」

子どもと適度な距離を取ることは、母親自身を守るために必要です。
「逃げること」は、責任放棄ではなくセルフケアです。

💡 限界を感じたときの“安全な逃げ場”リスト

  • 一時保育(自治体/民間)
  • 子育て短期支援事業(ショートステイ)
  • ファミリーサポートセンター(地域の支え合い制度)
  • 習い事・預かり型教室(スイミング、体操など)
  • 支援センター・児童館(話せる大人と出会える場)

🔗 子育て短期支援事業について
https://www.cfa.go.jp/policies/kosodateshien/jido-short


◆ 動いたことで得た“ほんの少しの余裕”

息子は、スポーツクラブには馴染めませんでした。
集団行動が苦手で、周りと歩調を合わせることができず、見ていてこちらが苦しくなる場面も多かったのです。

でも、それでもよかったのです。
それでも、私が「少し楽になれた」ことが、何よりの収穫でした。


あのしんどかった時期に、唯一「動いてよかった」と思える行動。
誰かに勧められたわけでもなく、正解だったかもわからないけれど、
あの一歩がなければ、私は今も自分を責め続けていたかもしれません。
そして、息子の良さにも、気づけないままだったと思います。

第3章:少しの余裕が、息子の“伸ばせる部分”に気づかせてくれた

習い事に通わせてみたものの、息子にはスポーツクラブの集団行動が合いませんでした。
列に並ぶ、静かに話を聞く、決まった順番を守る──それがどうしてもできなかったのです。
先生の言葉を聞いても、その場を走り回ってしまう息子を見て、何度も肩を落としました。

でも、それでも“以前とは違う視点”が少しずつ生まれ始めていたのです。

「どうしてこの子はできないの?」ではなく、
「この子は、どんな場面なら自然に力を出せるのかな?」

そんなふうに考えるようになったのは、私自身の心に、ほんの少し余裕ができてからでした。


◆ 空手に出会って、初めて見えた“合う環境”

スポーツクラブは諦めて、次に選んだのが空手でした。
きっかけは、「集団行動が苦手なら、個人で集中できる競技の方が向いているかもしれない」と思ったからです。

初めての体験会。
道場に入った息子は、驚くほど静かに先生の話を聞き、姿勢を正し、初めて“真剣な顔”で型に取り組んでいました。

私はそこでようやく気づいたのです。
「この子は、“落ち着きがない子”なんじゃない。
ただ、“落ち着ける場所”をまだ知らなかっただけなんだ」

息子は当時「仮面ライダー」が大好きでした。正義のヒーローとしての憧れもあり、空手はぴったりだったのかもしれません。


🧩 補足:習い事の「向き・不向き」は環境との相性で変わる

📊 習い事が“合っていない”と感じたときのチェックポイント

観察ポイント状況見直すヒント
行きたがらない毎回泣く/拒否する頻度・時間・内容が本人に合っていない可能性
帰宅後に不機嫌イライラ・無言・疲れすぎているストレスの蓄積、相性の問題
教室で浮いている指示が通らない/叱られ続けている少人数制・個別型への変更も検討を

🔗 参考:日本発達心理学会・習い事選びに関する調査報告(2022年)

◆ 「この子のままでいい」と思えるようになった瞬間

空手を通して、息子は少しずつ自信をつけていきました。
静かな場所で、一つのことに集中し、自分の体を使って表現できる。
他人と比べられずに、自分自身と向き合える──息子にとってそれは、初めて「居場所」と呼べる場所だったのかもしれません。

私自身もようやく、
「この子を育て直さなきゃ」ではなく、「この子に合う道を一緒に探そう」
そう思えるようになったのです。

第4章:変わった私を作ったのは、ほんの小さな余白だった

空手に通うようになった息子を見て、私はようやく気づきました。
「変わったのは息子じゃない。私の“見方”が変わったのだ」ということに。

以前の私は、「なんでできないの?」「どうすれば言うことを聞くの?」という目線でしか息子を見ていませんでした。
正しく育てなきゃ、普通にさせなきゃ。
周りに迷惑をかけないように、ちゃんとした子に──。

でも今の私は、
「この子のままでいい。この子の“できる形”を一緒に探そう」と思えるようになったのです。


◆ 私を変えたのは、“完璧”じゃなく“余白”だった

私は特別な子育て法を学んだわけでも、何か劇的な支援を受けたわけでもありません。
ただ、限界の中で動いて、少しの時間だけ“この子と離れる”ことを許した。
そして、その隙間でほんの少し、息ができるようになった
それだけでした。

「母親なんだから頑張らなきゃ」
「逃げたらいけない」
そうやって自分を追い詰めていた時期を、今はただ、よく頑張ってたなと思います。


📌 COLUMN:育児に“余白”が必要な理由

🔍 なぜ母親に「一人の時間」が必要なのか?

  • 感情のクールダウン(怒鳴る頻度が減る)
  • 思考の整理(子どもを“見る”視点が変わる)
  • 自己肯定感の回復(「私も生きていていい」と思える)

📖 参考:日本小児科学会「子育て支援と母親のメンタルヘルス」2023年
https://www.jpa-web.org/information/kennkou.html

◆ そして今──

もちろん、今でもうまくいかない日はたくさんあります。
でも、私はあのとき「逃げるように動いたこと」を、今でもよかったと思っています。

あの一歩がなければ、
私は今も自分を責め続けていたかもしれません。
そして、息子の良さにも、気づけないままだったと思います。

まとめ:今、限界にいる誰かに伝えたいこと

今、子どもの寝顔を見ながら「また怒ってしまった」「もう無理かもしれない」と思っているあなたへ。
きっとあなたは、十分すぎるほど頑張っています。
けれど、誰にもそれをわかってもらえず、自分さえ自分を責めている──その状態が一番つらいのではないでしょうか。

私は、育てにくい子を前に、自分の無力さと限界に押しつぶされそうになっていました。
「この子が大変なのは、私のせいだ」と思っていた頃の私は、
怒るたびに自分が嫌いになり、泣いている子どもにすら冷たくしてしまう自分が、怖かった。

でも、逃げるように動いたその一歩が、すべての始まりでした。
誰かに頼ること、少しだけ離れること、環境を変えること──
どれも“育児放棄”なんかじゃなく、母親として生き延びるための、当たり前の手段です。


🕊 メッセージ

「あなたが壊れてしまっては意味がない」
それは、何度も聞いた言葉かもしれません。

でも本当に、あなたの命も、心も、子どもと同じくらい大事にしていいのです。


この文章が、あなたの中に少しでも「許し」や「余白」を生み出すきっかけになりますように。
完璧でなくていい。ただ、生きて、目の前の子を今日も見つめられたなら、それだけで十分です。